慶應通信に進むか迷って「機会損失」について考えた

40代で今の仕事を辞め、獣医を目指したいという人の話を聞いた。

獣医になるには大学に6年間通う必要がある。その話を聞いたとき、私が最初に考えたのは、お金のことだった。

6年間の学費はいくらになるんだろう。大学を卒業できたとしても、そこから新米の獣医として経験を積む時間も必要になるだろう。

そう考えると、かかった学費や、仕事を辞めることで得られなくなる収入を、その後どこまで回収できるのだろう。金銭的には、かなり大きな機会損失になるのかもしれない。

でも、考えているうちに一つ引っかかった。

お金の計算だけで、その選択の価値を決めていいのだろうか。

たとえ収入が減ったとしても、「ずっとやりたかったことをやれた」「獣医として生きることができた」という満足感はあるかもしれない。

むしろその人にとっては、今より収入が増えることより、獣医として働くことのほうが心を満たしてくれる可能性もある。

そうなると、機会損失というものは、単純に「いくら損をしたか」だけでは計算できない。

そして、この話を考えていたら、今まさに迷っている自分のことにつながった。

目次

私の場合は慶應通信だった

今、私は慶應義塾大学の通信教育課程に進むかどうかで迷っている。

なぜ慶應通信に行きたいと思ったのか。なぜ出願直前まで準備したのに迷い始めたのか。そのあたりは以前の記事に詳しく書いた。

今回はそこを繰り返すのではなく、「時間」という視点から考えてみたい。

自分の場合、仮に毎日4時間くらい勉強するとして、卒業まで4〜5年ほどかかるのではないか、とざっくり想定している。

もちろん、これは慶應通信の卒業に必要な勉強時間を示したものではない。履修の進み方も人によって違うだろうし、あくまで私自身が「もし毎日4時間勉強したら」と仮定して考えているだけだ。

それでも、試しに数字にしてみた。

毎日4時間なら、1年間で約1,460時間。5年間続ければ約7,300時間になる。

7,300時間。

こうして数字にしてみると、急に重みが出てくる。

慶應通信に進むということは、学費を払うだけではない。これからの数年間のうち、かなりの時間をそこに使うということでもある。

そして、その時間を慶應での学びに使えば、当然ながら別のことには使えない。

そこに、私にとっての「機会損失」がある。

その時間を使わなかったら、何ができるのか

では、慶應通信に使うと考えている時間を、大学に使わなかったら私は何をしたいのだろう。

最初に浮かぶのは投資だった。

ただ投資の本を読んで知識を増やすだけではなく、実際に資産が目に見えて増えるところまでできるようになりたい。

自分の老後の資金も考えておきたい。万が一、親の介護が必要になったときのこともあるし、自分の家族のための蓄えも作っておきたい。

英検1級を取得したいという大きな理想もある。

慶應、英語、投資、家族との時間……。やりたいことが多すぎて、一度全部並べて考えたこともあった。

その中でも、今いちばん失うのが怖いのは、家族や自分の老後の生活への蓄えを作るための時間だと思う。

そう考えると、慶應通信に使う時間は、単なる「自由時間」ではない。

将来の安心をつくるために使えるかもしれない時間でもある。

だから重い。

もし経済的にも時間的にも十分余裕があれば、「やりたいからやる」で済む話なのかもしれない。

でも今の私には、そんなふうに簡単には決められない。

それでも慶應で学びたいと思う

だったら慶應通信をやめて、資産形成に時間を使えばいい。

数字だけを見れば、そんな結論にもなりそうだ。

でも、私はまだ慶應通信を諦めきれていない。

慶應で学ぶことそのものに、価値を感じているからだ。

福沢諭吉の『学問のすゝめ』を読んだとき、私は「問いを持って学ぶ」ということについて考えさせられた。

問いを持ち、自分で考え、そして行動する。

振り返ってみると、これまでの私は、一つのことを深く掘り下げたり、自分の考えをきちんと言語化したり、常に何か問いを持ちながら考えたりする癖が、十分には身についていなかったと思う。

慶應で学ぶ中で、その力をもっと養えるのではないか。

特に惹かれているのが、「独立自尊」と「実学」という考え方だ。

知識をただ覚えるのではなく、自分で考える。そして現実の中でどうすればいいか、自分なりの答えを探していく。

私は、そういう力を身につけたい。

なぜ「独立自尊」に惹かれるのか

なぜ私は、独立自尊という言葉にこんなに惹かれるのだろう。

考えてみると、今の仕事で感じている自分自身の弱さにつながっていた。

仕事で人員をマネジメントするとき、効率よく物事を進めるためには、周囲に協力をお願いしなければならないことがある。

でも、人によって仕事量に差が出れば、頑張った人と適当に携わった人との間に不公平感が生まれるかもしれない。誰かが不満に思うかもしれないし、頑張った人に嫌な思いをさせたくもない。みんなのモチベーションも下げたくない。

そんなことをあれこれ考えているうちに、

「それなら、自分でやってしまったほうが早い」

と思ってしまうことがある。

結果として自分で抱え込み、キャパオーバーになる。

精神的にも体力的にもつらくなることは多い。それでも、波風を立てずに穏便に済ませられるなら、そのほうが心は楽だと思ってしまう。

自分でも矛盾していると思う。

自分がつらくなることは分かっている。それでも、人の感情に触れることを避けるために、自分が引き受けるほうを選んでしまう。

自分で考えることと、人の気持ちを無視することは違う

私は、独立自尊というのは、ある程度自分に自信がなければできないことなのかもしれないと思っている。

自分の考えに自信がなければ、どうしても相手の反応が気になる。

「これを言ったら嫌な気持ちになるのではないか」
「不満に思われるのではないか」

そう考えすぎて、結局、自分が全部やれば丸く収まると思ってしまう。

でも、本当にそれが一番いい解決策なのだろうか。

誰か一人が抱えるのではなく、問題をみんなで共有する。どうすれば公平に進められるのかを考える。

一つの方法が難しければ、別の方法を考える。それでも難しければ、さらに違う方法を探してみる。

人の感情に左右されすぎず、だからといって人の気持ちを無視するわけでもない。

自分一人で抱えず、みんなで共有して解決する方法を何通りも考えられる自分になりたい。

物事に対して臆することなく、自分で考え、新しい、より良い解決策を見つけられるようになりたい。

私にとっての「自立」は、そういうことなのかもしれない。

そして、慶應で学ぶ時間がそこにつながるのなら、その時間の意味はかなり変わってくる。

学ぶ時間は、本当に「失う時間」なのか

ここで、最初の機会損失の話に戻る。

私自身の仮定では、慶應通信での勉強に数年間でかなりの時間を使うことになる。

その時間があれば、投資についてもっと勉強できるかもしれない。資産形成を進められるかもしれないし、英検1級という目標にも近づけるかもしれない。

家族や自分の老後に備えることもできる。

それらを選ばないという意味では、確かに機会損失になる。

でも一方で、その時間を使って、自分で問いを立て、深く考え、自分の言葉で整理し、人の顔色に左右されすぎず、より良い解決策を探せるようになったとしたら。

それは本当に「失った時間」と呼べるのだろうか。

もちろん、慶應通信に進めば自動的にそんな人になれる、という話ではない。

卒業すれば突然自信がつくわけでもないと思う。

そこは自分次第だ。

だからこそ、余計に難しい。

機会損失は、お金だけでは計算できない

獣医を目指す人の話を聞いたとき、私は最初に学費や収入を計算しようとした。

そして自分の慶應通信について考えたときには、時間を計算した。

数字にすると比較しやすい。

だから、少し安心するところもある。

でも、人生の選択は数字だけでは決められない。

大学で学ばず、資産形成に時間を使った自分。
慶應で数年間学び、自分自身の考え方を鍛えようとした自分。

どちらのほうが将来の私や家族にとってよかったのか。

今の私には、まだ分からない。

むしろ、機会損失について考えてみて気づいたのは、何かを選ぶということは、必ず別の何かを選ばないということなのだと思う。

だから、「損をしない選択」を探しても、たぶん答えは出ない。

それよりも考えたいのは、

私は、何を手放してでも手に入れたいものがあるのか。

そして、その選択によって、どんな自分になりたいのか。

慶應通信に進むのか。
資産形成を優先するのか。
英語にも挑戦するのか。

まだ答えは出ていない。

ただ、最初は「何時間失うのか」を計算していたはずなのに、考え続けていたら、いつの間にか「その時間を使って、私はどうなりたいのか」という問いに変わっていた。

今は、その問いをもう少し考えてみたいと思っている。

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この記事を書いた人

気になることは、とにかく「まずやってみる!」タイプ。海外留学、語学、資格、趣味など、これまでいろいろ挑戦してきました。取得資格は20種類以上。でも、続かなかったことや途中でやめたこともたくさんあります。

このブログでは、挑戦した理由や失敗、迷いも含めて正直に記録しています。現在は「話せない英語学習者」として英語を学び直しながら、中国語にも挑戦中です。

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